Dec 03, 2008

人脈の発掘と会社設立について

人脈を確実にさせていくことによって、日本全体の企業への印象も変わるでしょう。会社設立時に掲げた目標をもう一度トオルリョボしてください。現象がつらかった場合でも下を向いてはいけないです。会社設立時の夢に向かって勇気を持ってください。不況の影響はやはり避けられないでしょう。
事業資金は、商品購入代金や設備投資のお金を、定期的な費用の支出などを言う。従って販売金で入金があったとして、それをすべて利用しまってはならないことである。そんなことを開始すると、事業資金資金繰りに窮するようになる。このようにならないためには、しっかりと売上金の内訳を理解する必要がある。
 ◇「3年後は消費者に」
 東松島市東名地区のカキ養殖業者が、津波被害から辛うじて生き残ったタネガキを元手にカキ養殖再生の取り組みを始める。「東名カキ協同組合」に属する13人と個人業者7人の計20人で、18日から県内で調達したモウソウチクを材料に、稚貝を付着させるホタテ貝殻をつるす垂下棚(カキ棚の一種)作りに精を出す。東名地区は日本各地のカキ産地への「稚貝供給地」。11月には少量でも出荷を実現し、宮城のカキ再生への努力を示したいという。【小原博人】
 東名地区のカキ養殖業者は内海の松島湾に集中している。組合役員の阿部達也さん(62)によると、津波来襲時は約20人が作業場でカキむきなどをしていた。大津波警報の発令を知り、近隣住民を含め高台に避難して無事。約2キロ先の野蒜地区から流された50代の男性を救ったりした。
 一方、カキ棚のほとんどが流されたり海底に沈むなどし、船など多くの資材も失った。その中で生きているカキの付いたホタテ貝殻が所々に残っているのを見つけた。合わせて数千枚。全体の1%にも満たないが、これをタネガキにして再開しようと決意。被災による撤退は2人だった。
 タネガキは8月に数千万個の卵を放ち、幼生が垂下したホタテ貝殻に付着し11月には直径1センチ余りの稚ガキになる。東名地区は稚ガキ養育の最適地で、北海道・サロマ湖から広島湾など全国6?7カ所の産地に出荷していた。
 被災後、出荷先の一つだった新潟県佐渡市の業者らから救援物資が届き、組合が立ち直るのを今か今かと待っているという。
 国の補助などを受け4億円近くかけて建てた最新式カキむき作業場や付帯設備は泥土の流入があったが、阿部さんは「ライフラインが復旧すれば稼働可能。ホタテ貝殻が一番欲しい資材だが、残った物を十分に生かし補いたい」と話す。食用に回す分は「鳴瀬ガキ」ブランドで流通してきた東名産のカキ。「3年後には鳴瀬ガキを消費者に提供できるようになれば」と付け添えた。

4月15日朝刊

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 女川町の再生を検討する「女川町復興連絡協議会」の設立表明会見が14日、町内の事務所で行われ、協議会会長に就任する高橋正則町商工会長らが「若者たちを中心に、災害に強い新しい町づくりに取り組みたい」と意気込みを語った。
 会見には町出身で協議会メンバーの俳優、中村雅俊さんも出席。海岸で唯一建物の外観が残った施設「マリンパル女川」に、中村さんに依頼して制作した「女川の町は俺たちが守る」との垂れ幕が掲げられた=写真。
 協議会は、新生女川町の課題などを提言し、復旧復興に向けたたたき台となるプログラム起案を策定。19日の設立総会の承認を得て、町や町議会と一体となって実施するという。【石川忠雄】

4月15日朝刊

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 震災後初となるマグロのはえ縄船が14日朝、塩釜市魚市場に入港し、生マグロが水揚げされた。65キロの大物メバチマグロがキロ当たり5800円で競り落とされたのをはじめ通常より2?3割増しの高値となり、日本有数のマグロ基地が久々に活気を取り戻した。
 入港したのは大分県津久見市保戸島の「第18宝陽丸」(76トン)。マリアナ諸島沖の太平洋で漁獲した▽メバチ▽キハダ▽ビンチョウ▽カジキなどのマグロ類約700本(計17トン)がクレーンで次々に降ろされると、市場関係者から歓声がわいた。
 宝陽丸は30年程前から塩釜市魚市場に入港しており、水揚げは3月4日以来。操業中に震災被害と復旧の取り組みを知り、いち早く塩釜を目指した。船主・船長の高司(たかつか)時男さん(62)は「活気があって安心した。これからも復興に協力し、多くの人がマグロで元気になってほしい」と話した。
 競りの開始式では関係者全員が震災犠牲者に黙とうをささげた。志賀直哉・塩釜魚市場社長は「気仙沼や石巻も支援しながら水産・宮城の火を絶やさぬよう一層がんばりたい」とあいさつした。■婚活のAtoZ【渡辺豊】

4月15日朝刊

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